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小樽運河はなぜ残ったか。倉庫と銀行の街の跡

観光スポット · 小樽市 3分で読めます by カイ

埋め立てられる計画がありました。経緯と見どころです。

  • かつては港湾の荷揚げのための施設
  • 埋め立て計画に反対運動が起き、一部が残った
  • 倉庫群と銀行の建物が街に残る

小樽運河は観光のために作られたものではありません。港湾施設として作られ、不要になった後に残されたものです。

何のために作られたか

大正から昭和初期にかけて造られました。

  • 海を埋め立てて陸地と平行な水路を作った
  • 沖の船からはしけ(小型の船)で荷を運ぶ
  • 運河から倉庫へ直接荷揚げする
  • 港が浅く、大型船が接岸できなかったため

つまり、荷物を運ぶための水路です。川ではなく、埋め立てて作った人工のものです。

小樽が栄えた理由

当時の小樽は、北海道でもっとも重要な港でした。

  • 石炭の積み出し港
  • ニシン漁の拠点
  • 北海道の物流の中心
  • 本州とサハリンを結ぶ航路
  • 銀行と商社が集まった

「北のウォール街」と呼ばれるほど金融機関が集まりました。その建物が今も残っています。

なぜ衰退したか

  • 港湾の技術が進み、大型船が直接接岸できるようになった
  • はしけによる荷揚げが不要になった
  • 石炭の需要が減った
  • ニシンが獲れなくなった
  • 物流の中心が苫小牧と札幌へ移った

運河は役目を終えました。使われなくなり、荒れた状態になりました。

埋め立て計画と反対運動

1960年代から70年代の話です。

  • 運河を埋めて道路を通す計画が立てられた
  • 使われていない施設であり、衛生の問題もあった
  • 一方で、保存を求める運動が起きた
  • 10年以上にわたる議論になった
  • 結果、一部を埋めて道路を作り、残りを保存することになった

つまり、今の運河はもとの幅より狭くなっています。片側が埋め立てられ、散策路と道路になりました。

北側(北運河)には、埋め立てられていない区間が残っています。

北運河を歩く

観光客が集まるのは浅草橋から中央橋のあたりです。

その北側に、北運河と呼ばれる区間があります。

  • もとの幅が残っている
  • 観光客が少ない
  • 倉庫が残る
  • 小型の船が係留されている
  • 静か

観光地としての整備は控えめですが、かつての姿に近いのはこちらです。

倉庫群

運河沿いに石造りとれんが造りの倉庫が並んでいます。

  • 明治から大正期のもの
  • 木骨石造 — 木の骨組みに石を積む工法
  • 改装して店になっている建物がある
  • 使われていない建物もある

軟石(札幌軟石など)を使った建物が多くあります。この地域で採れる石です。

銀行の建物

運河から少し内陸に、旧銀行の建物が集まっています。

  • 石造りと鉄筋コンクリートの重厚な建物
  • 一部は美術館や店として公開されている
  • 通り沿いに並んでいる
  • 入れる建物がある

この通りが「北のウォール街」と呼ばれた区域です。運河より建築として見るものがあります。

観光客は堺町通りに集まるので、こちらは比較的空いています。

見る時間

時間 様子
朝(7〜9時) 空いている。写真が撮りやすい
日中 混む。団体バスが入る
日没前後 ガス灯が点く。空に青が残る
夜 灯りの印象が強い

日没の30分前後がもっとも撮りやすい時間です。

冬は16時には暗くなるので、夕食の前に見られます。

クルーズ

運河を船で回る便があります。

  • 所要40分前後
  • 昼と夜の便
  • 北運河まで行く
  • 解説が付く
  • 冬も運航する期間がある

水面から見ると、倉庫の高さと運河の幅が実感できます。歩くのとは印象が違います。

石畳の注意

散策路は石畳です。

  • 雨の日は滑る
  • 冬は凍る
  • 写真を撮る人が立ち止まるので磨かれる
  • 歩きやすい靴が必要

冬の運河沿いは滑りやすい場所です。冬靴か後付けスパイクを用意してください。

見方の提案

運河だけを見て帰る人が多いですが、街として見ると読めるものが増えます。

  1. 運河で荷揚げの仕組みを想像する
  2. 倉庫の建物を見る
  3. 旧銀行の通りを歩く
  4. 北運河でもとの幅を見る
  5. 坂を上がって街の構造を見る

小樽は港から山へ坂が続く地形です。港で荷を扱い、その上に街ができたという構造が分かります。

AUTHOR

カイ

釧路・道東 · 交通とアクセス担当

道東を車で回って8年。バスと鉄道とレンタカーの現実的な使い分けを調べています。

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